ヴィンテージは時代を感じて世界を広げるモノ

「コレっていいものだよね。でも俺ってヴィンテージとか分からないんだ」

建設業界で現役で働く男性とお話していたときのコメント。

お客様が見ていた家具の説明をした。

気に入っていた様子だったので、背景や伝統、歴史についてお話ししていた。

さきほど、ディスカウントで売っている高級な家具も見てきた帰りだった。

安い家具を見て、それでも納得がいかなくて私たちのお店も見に来てくれたようだった。


良いものってなんだろうと思う。

値段が高いから良いとは限らないし、安いから悪いとも限らない。

所有する人が納得することが一番良いのだと思う。

そのキーワードが「こころに響くこと」だと思う。

 

インテリアは新しいものがたくさん販売されている。

あえてヴィンテージを選び必要があるのか?

新しくて安いものが一番良いのではないのか?

お客様の疑問はそのように私には聞こえた。

もちろん製造業界は日進月歩だ。

スマホも車も家電だった新しいものの方がいいと思う。

格段に便利になっている。

でも、ものによって時代の差が出ないものもある。

 

私はカエサルの「ガリア戦記」の本が好きだ。

世界中で読まれているベストセラーどころではない部数が作られた。

だいたい2000年前に書かれた本。

もしくは、三木清の「人生論ノート」も好きだ。こっちは1947年。

黒柳徹子の「窓際のトットちゃん」は1981年。

「サラダ記念日」と「ノルウェイの森」は1987年。

映画だと「スターウォーズ」は1977年公開。

音楽だとビートルズの「She loves you」は1965年。

どれもヴィンテージな年代だけど普通に楽しめる。

 

年代を感じて腑に落ちないのは、モノとコンテンツの違いだと思う。

モノは時間とともに劣化する。

コンテンツは時代を封じ込めて深みを増す。

そういう思い込みがある。

だからモノもコンテンツのように楽しめばいいんだ。

その時代の世界観、生き方、人々が持っていた情熱を想像してみる。

そうすると、時代を超えた人々の想いにこころが震えてくる。

そういう瞬間にヴィンテージが輝いてみえる。

 

自分の興味の対象が現代だけでなくて、過去までさかのぼった長い時間になると、

暮らしの空間にたくさんのモノを取り入れることができる。

おおげさに言えば、自分の生き方の幅を広げることもできる。


人類と動物を分けるのは過去の蓄積、つまり歴史にあるとも言われる。

過去とのつながりを感じることがヒトには必要なんだろう。

だからやっぱりこころに響いたヴィンテージを取り入れたほうが、ずっと居心地の良い空間になると思う。


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